
定年後を見据えて転職したKさん
50代で踏み出した一歩。建設コンサルタントへの転職で見えた景色
お話を伺ったKさんとは?
- ご出身地…東京都(生まれも育ちも大学も東京。30年間、まちづくりのコンサルティング会社に勤務)
- お仕事をされているエリア(拠点)…東京支店(支店長代理 兼 事業部長)
- お持ちの資格…技術士(建設部門:都市及び地方計画)
- フジヤマでのお仕事内容…都市計画、まちづくりにおける技術指導、東京支店のマネジメント、若手育成
- 退社後や休日の過ごし方・趣味… 孫(10歳・2歳)と公園で遊ぶ、自然の中を散歩する。フジヤマ入社後は家族(妻)との晩酌の時間も大切にしている。
若い世代に触発されて。30年の経験を胸に新たな環境へ飛び込むまで
編集チーム
Kさんは、前職では30年にわたりまちづくりの専門コンサルタントとして活躍されてきましたが、建設コンサルタントへの転職を選ばれたのはどのような理由でしたか?
Kさん
きっかけは、私が16年ほど続けていた少年サッカーのコーチ活動でした。サッカークラブのコーチを通して、自分よりもずっと若い世代と関わるようになりました。
彼らとお互いの仕事の話をする中で、若い世代が積極的に転職を繰り返していることを知ったんです。私の世代の価値観では、一社で勤務し続けるのが当たり前とされてきました。
「スキルアップできる機会があれば、次の環境に挑戦するのは当然ですよ」と語る彼らの価値観と関わるうちに、自分のスキルを別の環境で活かしたいと考え始めました。
編集チーム
若い世代の方と関わる中で、新しい環境への好奇心やチャレンジ精神が芽生えたんですね。
Kさん
そうですね。50代という世代は、世間的には定年を意識して守りに入る時期かもしれません。一方で私は、前職で国土交通省(本省)の都市計画プロジェクトに深く関わってきたこともあり、その経験を新たなフィールドでさらに役立てたいと考えていました。
昭和から平成にかけて、国とは新しいまちづくりの法整備に向けた議論を重ねる傍らで、市町村とは新たなモデル事業の立ち上げに向けた調査研究を二人三脚で進めるなど、幅広いプロジェクトに携わってきました。
国の政策という大きな構想が、地域の現場で具体的な形になっていく。その一連のプロセスに、橋渡し役として一貫して携わってきた経験は、私にとって大きな財産です。 そしてこれまでの知見を、一段高い視座が求められるステージで活かし、地域社会に貢献したい。その思いが、新しい環境へ飛び込む原動力になりました。
編集チーム
Kさんの豊富なご経歴に対して、実際の面接では企業からどのような反応がありましたか?
Kさん
実は、転職活動中にとある企業様の面接を受けた際、ありがたいことに私の経歴を高く評価していただいたものの、「うちの組織ではオーバースペックで、せっかくの知見を活かしきれない」とお見送りになったことがあったんです(笑)。
前職で積み上げてきた専門性の重みを、どのように次へ繋げるべきか。そんな模索をしていた時に出会ったのがフジヤマでした。全国展開を見据えて躍進しているフジヤマは、私の経験を「今のフジヤマにこそ必要な存在だ」と、真っ向から受け止めてくれました。
会社の規模や安定感に安住せず、常に新しい知見を取り入れようとする本気の姿勢に自分も触発されたんです。その熱量に触れたことで、「この環境なら、自分の価値をもう一度地域のために再定義できる」と、新しい世界へ飛び込む迷いが払拭されました。
地域限定の壁を破る。自ら動き、組織の視座を上げる挑戦
編集チーム
入社後は東京支店の支店長代理、そして事業部長として組織を牽引されていますが、他社から転職したKさんの目に、当時のフジヤマはどう映りましたか?
Kさん
フジヤマの社員は、仕事に真剣に取り組むだけではなく、その多くが人間性も優れた人財です。入社した当時も今も「信頼できる会社だな」と感じられる社風があります。ただ、当時はまだ「静岡県外の仕事」に対して、少し消極的な部分がありましたね。
その社風を痛感したのが、福岡支店の立ち上げに関連する初案件を担当した時です。福岡の案件は、都市計画だけでなく、測量や地質調査が必要であり、防災・環境保全部など、多くの部署が連携しなければならない「複合業務」でした。
私がプロジェクトリーダーとして「初回の打合せは、担当者とも顔を合わせるべきですし現場(九州)へ行きますよね?」と声をかけたのですが、チームメンバーから「え、本当に出張するんですか?」と驚かれてしまったんです。
編集チーム
なるほど、地域に深く根ざした企業だからこそ、県外への進出は心理的なハードルがあったのかもしれませんね。
Kさん
はい。確かに、当時を振り返るとそうだったのかもしれません。そこで私は「現場に行くのはプロジェクトを進める上で重要なこと」という姿勢を、自ら言葉ではなく動くことで示すことにしました。
積極的に全国各地へ足を運び、現地の人と直接向き合い、現場特有の課題を泥臭く解決していく背中を若手に見せることで、組織の意識を内向きから外向きへと変えていきたかったんです。それが結果的に、会社にとってもプロジェクトメンバーにとっても最良の結果を生むと信じていました。
編集チーム
素晴らしいですね。 現場と人を大切にしてきたKさんのスタンスが、現在の東京支店の急成長に繋がっているのでしょうか。
Kさん
ありがとうございます。私は前職の時から「社会課題に対して、最初からできないと諦めるのではなく、どうすれば解決できるかを考え抜く」というスタンスを大切にしていました。
これまでの歩みの中で磨いてきた姿勢が、今では東京支店の共通認識になりつつあります。経験豊富な中途採用の仲間も増え、皆が「攻め」の姿勢で全国の案件に挑むようになった結果、拠点としての売上や規模も目に見えて拡大しました。
ここまで長く地道な道のりでしたが、着実に自分の役割を果たせているという手応えを感じています。
専門外の難題も「人脈」で突破する。まずフジヤマに相談と指名される存在へ
編集チーム
東京支店だけでなく、社内全体から「難しい案件はKさんに」と相談が絶えないそうですね。ベテラン人財として再就職されたKさんだからこそ提供できる、独自の価値とは何でしょうか?
Kさん
一言で言えば、前職までの30年で築き上げた「多様な専門家とのネットワーク」ですね。コンサルタントが直面する課題の中には、当然、自分一人の知識や自社のリソースだけでは解決できないものも多く存在します。
そんな時、ランドスケープ、建築、自然環境、あるいは地域経済など、各分野の第一線で活躍するプロフェッショナルな仲間たちに、即座に「力を貸してほしい」と声をかけられるのが独自価値だと思います。 フジヤマの専門外の領域であっても、私が「ハブ」となって適切な専門家チームをコーディネートすることで、プロジェクトの停滞を防ぎ、質の高い成果を生むことができるのです。
編集チーム
まさに前職での経験が、再就職した現場でフルに活かされているわけですね。
Kさん
フジヤマは静岡県内ではトップクラスですが、都市計画やまちづくりの分野では、まだ大手企業に相談が行くことも少なくありません。ですが私は、大手にも引けを取らない企業になることを望んでいます。
制度設計という初期段階の構想から、現場での実装までを一気通貫で手がけられる知見を活かして、自治体の方々から「まちづくりの悩みなら、まずフジヤマに相談しよう」と言われる存在になりたいと思っています。
先程もお伝えした通り、私は「最初からできないと諦めるのではなく、どうすれば実現できるかを考え抜く」という文化の中で育ってきました。もちろん、無理難題を力技で引き受けるという意味ではありません。
難易度の高い案件であっても、「解決への道筋は必ずある」と信じてメンバーと知恵を出し合い、連携しながら最良の解決策を模索しています。そうしてゴールに向けて共に走り続ける姿勢こそが、クライアントからの信頼、そしてフジヤマのさらなる成長に繋がると信じているのです。
挑戦し続けながら、自分の色を見つけてほしい。次世代の技術士を育てる使命感
編集チーム
Kさんのパワフルな働き方を見ていると、技術士も「50代に入ると定年後を見据えて安定を選ぶ」というような世間のイメージがガラリと変わりますね。
Kさん
そう言っていただけると嬉しいですね。現在、フジヤマでは20代、30代の若手社員が中心となって、現場で活躍しています。彼らは非常に真面目で基礎能力に長け、素晴らしいポテンシャルを秘めています。
一方で、この業界全体に言えることかもしれませんが、時代とともに、仕事に対する「温度感」にも少しずつ変化が起きているようです。
編集チーム
なるほど...「温度感」の変化、ですか。
Kさん
ええ。私が若手の頃は、「国土や人の命を守り、人々の暮らしをより豊かにする」という重責を厳しく教え込まれた時代でした。今は、働き方の選択肢も多様化し、よりフラットな視点でこの業界に入ってくる方も増えています。
それ自体は時代の変化なので自然なことですが、いざ現場に出ると、実務の泥臭さや重圧とのギャップに戸惑い、早々に悩んでしまうケースも見てきました。
編集チーム
プロとしての「責任感」や「覚悟」が、長く続けるための鍵になるのですね。
Kさん
その通りです。「生みの苦しみ」がある大変な仕事ですが、他では味わえないやりがいがあるのは事実です。かつての建設業界は「技術は見て盗むもの」という職人気質でしたが、フジヤマには、私のような経験者と若手がマンツーマンで向き合う素晴らしい環境があります。
若手には、この環境を安心して頼りながら、存分に「試行錯誤」してほしいんです。失敗も成功も一緒に経験して、はじめて一人前になれると思いますから。
業界が標準化され、AIで誰もが同じ成果を出せる時代だからこそ、悩みながら見つけた自分だけの「色」が、技術者として生き残るための武器になります。若手が壁を乗り越えるサポートをし、リタイアする人を一人でも減らす。そして、この仕事の醍醐味を体現する技術者を一人でも多く育てることが、フジヤマに再就職した私の大きな使命なのかもしれないと感じています。
定年後を見据えて選ぶ「生涯現役」の道。家族との時間と再定義する自分の価値
編集チーム
生涯現役を目指してタフに働くKさんですが、プライベートの過ごし方や、心境の変化などはありましたか?
Kさん
そうですね。かつては「納得いくまで時間をかける」という泥臭い働き方が当たり前で、それがプロとしての誠実さだと信じて疑わない時代もありました。もちろん、その時期に培った粘り強さは今の私の土台になっていますが、フジヤマに入ってからは、「無駄を省いた効率的な働き方」へと、仕事の密度が劇的に変わりました。
そのおかげで、今は家族との時間を何より大切にできています。今は長女と暮らしているのですが、週末に10歳と2歳の孫を連れて公園へ遊びに行ったり、自然の中を散歩したりするのが何よりのリフレッシュになっています。
あとは、やはり妻との時間です。前職では仕事一筋で、正直に言えば家庭を後回しにしていた時期もありました。 今は毎日一緒に晩酌をしたり、週末に近所を散歩したり、食べ歩きをしたり。そんな「当たり前の日常」を大切にできる心の余裕が持てるようになったのは、ずっと陰ながら支え続けてくれた妻のおかげだと感謝しています。
編集チーム
公私のバランスが整ったことで、さらに技術者としての厚みが増した印象を受けます。最後に、Kさんと同じように、定年を意識する年代で新しい環境へ踏み出そうとしている技術者の方へ、メッセージをお願いします。
Kさん
50代で転職し、フジヤマで60代を迎えました。そんな私が心から実感しているのは、「定年」は決してゴールではないということです。むしろ、長年培ってきた技術や経験を新しい環境の波に乗せ、自分の価値を再定義する絶好のチャンスだと思います。
技術士が歩む道は、これまで以上に自由でエネルギッシュで良いと思うんです。もし今、ご自身の居場所に停滞感を感じているなら、勇気を持って一歩踏み出してみてください。その挑戦の場所として、フジヤマも選択肢の一つとして考えていただけたら嬉しいですね。
ここは多様な分野の専門家が揃い、私のような「外」から来た人間でも、その専門性を深くリスペクトし受け入れ、自由に動かせてくれる度量があります。組織を横断して新しいことにチャレンジする精神が浸透しているこの環境は、技術者にとってこれ以上ないやりがいです。
専門性と情熱を正当に評価し、新しい挑戦に対して背中を押してくれる仲間がフジヤマにはいます。一歩踏み出した先には、皆さんが想像している以上に、晴れやかで新しい景色が広がっていますよ。
フジヤマの技術士・Kさんの1日
| 09:00〜09:30 | 出社、スケジュール確認、メールチェック |
|---|---|
| 09:30〜12:00 | 社内業務調整、デスクワーク |
| 12:00〜13:00 | 昼休み |
| 13:00〜16:00 | クライアント打合せ、現地調査、デスクワーク |
| 16:00〜16:30 | 営業部業務相談(支店長代理として多角的なアドバイス) |
| 16:30〜17:30 | 事業部工程会議(事業部長として進捗管理・意思決定) |
| 17:30〜18:00 | 業務管理、スケジュール確認 |
| 18:00〜 | 必要に応じて残務処理。効率的に終え、家族との時間を優先 |
全国に拠点を拡大し続けている
建設総合コンサルタント
静岡県浜松市に本社を置く株式会社フジヤマは、コンサルタント分野をはじめ、国土基盤(測量・調査)、空間情報(地理情報)といった3つの部門で構成されている建設総合コンサルタントです。国や自治体における建設コンサルタントの幅広い事業領域をワンストップで提供。地元はもとより、全国に拠点を拡大、成長し続けている企業です。

| 株式会社フジヤマ 本社所在地 | 静岡県浜松市中区元城町216-19 |
|---|---|
| 拠点 | 【支店】静岡、沼津、名古屋、豊橋、豊川、東京、福岡 【営業所】磐田、袋井、掛川、島田、藤枝、焼津、富士 横浜、相模原、多摩、埼玉、千葉、山梨、豊田、西尾、三重、岐阜、大阪、神戸、大分、宮崎 |
| 事業展開 | 都市計画、区画整理、補償調査、航空写真測量、地上測量、深浅測量、土木設計、造園設計、上下水道設計、建築設計、設計管理、地理情報システム、地質調査、環境アセスメント、他 |
| 連絡先 | 053-462-8800(総務部採用担当・田中) |